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2010-06-28

しばらくの間お休み!

こんばんは、ロッカリアです。
まことに勝手ですが、技術的な問題で(イラストの、じゃありませんよ!)少しの間お休みをもらいます。
1週間から10日ほどです。
この間も、コメントには返信しますので、お気軽に入れておいてください。

よろしくお願いします。m(__)m

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2010-06-24

『ミレニアム~ドラゴン・タトゥーの女』人間見かけじゃない!と言いたい。

こんばんは、ロッカリアです。
大ベストセラーの原作も、事情があって読んでないけど(だって高いんだよ~、3部作だぜ~、お小遣いだってさ…、←もういいわっ!)あえて映画オンリーで勝負です。(これが後々響いてくることに…)

・スウェーデン製のミステリーとお国事情
・導入部は本格ミステリーのムード
・連続事件の発覚と注意点
・女パンク探偵リスベット登場!
・ある意味衝劇的なラストが上手い!
・原作は2100万部のメガヒット!
・パンク探偵の元祖と言えば、やっぱり…


《スウェーデン製のミステリーとお国事情》

名誉毀損で3ヶ月の禁固刑、しかも実刑と言うのにも少し戸惑うが、さらに執行されるまでに半年の猶予があると言う事にも驚かされる。
この映画は、「ミレニアム」と言う雑誌記者が無実の罪で有罪を受け、その禁固刑が執行されるまでの半年間を描いている。
スウェーデンのお国事情は複雑だが、それよりも、この国が抱えているもっと深刻な問題が、この映画のテーマになっている。
前半から性的な描写、特にヒロインの女性リスベットがレイプされるシーンや、父親による性的暴行らしきシーン(これはさすがに映像化されていない)など、全編を通じて目を伏せたくなるシーンがある。
リスベットの性格を浮き彫りにしたり、犯罪の残虐性をアピールするだけなら、この描写は少しハード過ぎないか?と思う人がいても当然で、実際に、この映画見たブロガーさんの中にも、「あのシーンは必要なのか?」と言う疑問の声が多かった。
ところが、先にも述べたように、これはスウェーデンの、特にダークサイドとでも言えばいいのか、実に深刻な一面を表している。少女、女性に対する性的な暴行や、それにまつわる犯罪が他国に比べてかなり多い国で、表面上に現れない犯罪を考慮すると、スウェーデンと言う国が如何に大変な問題を抱えているのかが見えて来る。
この辺の事情を頭の中に入れてこの映画を見ると、また違った印象の作品になると思うよ。
(実際、そのために僕はこの映画を2回見る事になってしまった…)

《導入部は本格ミステリーのムード》

裁判が終わり、刑が確定した雑誌記者のミカエルは、妹の家でクリスマスの準備をしていた。
そこへ、36年前に起こった、ミカエル自身にとっても血縁関係にあたる少女、ハリエットの失踪事件を調べて欲しいと、大富豪のヴァンゲル家から連絡が入る。
この辺りは、孤島から忽然と消えた少女、と言う設定がミステリーとしての期待値を高めている。(同時期の「シャッター何とか」と言う映画と酷似だけどね…。どっちが早い、このアイデア…)
ミカエルが孤島に向かうシーンにも、スウェーデン特有の気候やロケーションが、陰鬱な雰囲気の演出で興味がわいてくる。
ただ、孤島と言うと、僕なんかは金田一耕助が船で出かけて行く「獄門島」のようなイメージが強いんだが、こちらは近代的な鉄橋が一本架かっている。(ただし、ハリエット失踪当時は、この橋が大事故による封鎖状態にあった)
調査を依頼したヘンリック・ヴァンゲルは、ハリエットは、一族の誰かに殺されたのでは、と言う疑惑をミカエルに告げるが、これが発端となって、過去から現在にまで至る、恐ろしい連続殺人が前面に押し出されてくる。

《連続殺人事件発覚と注意点を!》

この辺から、ヴァンゲル一族にまつわる様々なエピソード、とくにナチス親衛隊に関する一族の系譜が複雑になってくるので、特に頑張って集中したい。
一時停止やメモ、あるいはすぐにプレイバックで確認なんて事は、ストーリーの進行や映画のムードをぶち壊すので絶対止めよう。
あと、ついでに言っておくけど、おつまみ程度を口にしながら見るのはいいとしても、食事をしながらこの映画を見たら大変な事になります。(分かるよね?)
あと、コーヒーやジュース類はいいけど、ワインやお酒を飲みながら、なんてのもダメ。上映時間2時間30分、気が付いたら事件は迷宮入りか、完全犯罪成立、なんて事になってしまうぞ。
おっと、話が脱線。

《女パンク探偵リスベット登場!》

Eメールから、パンク探偵、と言っても正式にはセキュリティ会社のすご腕調査員(と言うよりハッカー)のリスベットの所在を突き止めたミカエルは、彼女に調査の協力を依頼する。
男嫌いで、鼻と耳にピアス、20センチのロンドンブーツに鋲の付いた革ジャン、黒いアイシャドウに黒いルージュ、と言う姿で常に反抗的で攻撃的な彼女は、何故かミカエルに惹かれて手助けをする事になる。(首輪の鋲は、まるで狂犬を表しているようだ)

ミレニアム

《ある意味衝劇的なラストが上手い!》

このリスベットの調査方法は実に手際良く、見ていて納得の腕前だ。どうせなら、ハッキングのプロセスなど、もっと細かく見せて欲しい気がする。
リスベットはやがて真相に辿り着く事になるが、時同じくして別行動のミカエルは、本人が知らぬ間に窮地に追い込まれて行く事になる……。
2時間30分もある作品だが、それが全く長いとは感じないほど、実に上手く作られている映画だ。
そして、最後の最後に、パンク探偵を前面に押し出してきたリスベットに関する、あっと驚くエピソードが待ち受けているが、それは言わぬが花だろう……。
この映画、原作同様に三部作で構成されていて、すでに残りの二作品も撮影は完了、今年の9月に公開予定だ。
本作の結末を見る限り、あのリスベットがどんな形で活躍するのか、大変興味が湧いてきた。

《原作は2100万部のメガヒット!》

原題は『女を憎む男』……。凄く意味深なタイトルだ。
原作者のスティーグ・ラーソンは元ジャーナリスト出身。僕にはどーしても正義感の強いミカエルと、この作家がオーバーラップしてしまう。
だから、彼、スティーグ・ラーソンは、一向に無くならないこの手の犯罪、スウェーデンのダークサイドを、ミステリー小説と言う形で広く世間に告発し、母国スウェーデンの良心を問いかけている様に思えてならない。
何故なら、僕個人の思い入れとして、ジャーナリストや作家と言う人たちの中には、かなり高い確率で、強い正義感、良心とモラルを複雑に持ち合わせていると信じているからだ。
ただ、残念な事に、スティーグ・ラーソンは、この本の発売や、その後の反響を知る事無く、2004年に心筋梗塞で急死している。
今となっては、安らかに眠っておられる事を祈ると同時に、こんな東洋の片隅にも、あなたの業績を心より称える人間がいる事を、ここに記しておきたい……。(原作本、買ってないけど…)

《パンク探偵の元祖と言えば、やっぱり…》

余談だけど、パンク・ファッションに身を包む探偵と言うと、どーしてもキッド・ピストルズを思い出してしまう。
パラレル・ワールドの英国で探偵士をやっているが、僕が想像する(何せ小説の主人公なもんで…)ファンションと風貌は、キッドの方が飛び抜けているのだ。
元祖パンク探偵である。(ピンク・ベラドンナも凄そう…)
しかも、扱う事件はマザー・グースの見立て殺人のように本格物が中心。この映画を見て、久しぶりに、あの七色モヒカン刈りに逢いたくなって来た。

最後に残った疑問点が一つ。
何故ドラゴンのタトゥーなのか……。誰か知ってたら教えて。
それとも、2,3で明らかになって行くのかなぁ……(だから原作読めよ…)。

と言う事で本日のチケット代は……。

チケットミレニアム


結構辛いけど、そう簡単に¥1800は出ませんよ!

2010-06-22

【決定版!フランス映画200選】と言う本をご紹介

こんばんは、ロッカリアです。
お買い物中毒の病気が出て、給料前だと言うのに、¥2500もする本を買ってしまいました……。
前々から、本屋さんに行く度に、どーしよーかなぁ……、結構するしなぁ……と、みみっちく悩んでいたんですが、つい魔が差して……。
ええいっ、買っちまったもんはしょうが無いわい!ひたすら楽しむだけだ!(お、開き直りかい…)

フランス映画は、僕の年代にすれば当たり前のように存在していた。
俳優ではアラン・ドロンが牽引していたのは間違いないが、他の男優女優さんも、美形から個性派まで多くのスターが銀幕を賑わせていた。
何時の頃からか、劇場に行ってフランス映画を見ないようになった。一番近い所では『ヴィドック』で、以降映画館でフランス映画を見る事は無くなった。
アート系作品では、今も異彩を放った作品もあるが、やはり、僕にとってのフランス映画はドロンであり、J・P・ベルモンドであり、J・トランティニャン、カトリーヌ・ドヌーブ、マルレーヌ・ジョベール、ジョアンナ・シムカス、ジュヌヴィエーブ・ビジョルド、そして大好きなリノ・ヴァンチュラの時代なんである。
勿論、ルイ・マルをはじめ、トリュフォー、ロベール・アンリコ、ジョゼ・ジョヴァンニと言った監督の時代が、僕にとってのフランス映画なのである。
そんな年代を中心に、この200選は組まれて、現在のフランス映画はどうなっているのか、と言う実情までが書かれていて、読み応え充分にして、全盛期を知る映画ファンにとってはとてもノスタルジックな感傷に浸れる一冊である。

DSCF0158_20100622001119.jpg


そして、奇しくも来月7月のNHKーBS2「衛星映画劇場」では、『狼は天使の匂い』『さらば友よ』『雨の訪問者』、これに加えて『パリは霧にぬれて』がオンエアされる。
この4タイトルは、よく見るとすべてサスペンス映画で構成されている。
『さらば~』『雨の~』には、言わずと知れたチャールズ・ブロンソンが出演、見事な演技と男臭さで、本国アメリカよりも先にフランスで人気が出た、彼にとってのエポックメイキングな作品だけに、今回じっくりと堪能しようじゃないか。
そして、『パリは霧にぬれて』を除く3作品には、共通してゲームが出てくるのも見所の一つ。
それぞれの作品に、どんなゲームが出るかは見てのお楽しみ。
また、高校時代にハマッタ、作家のセバスチャン・ジョプリゾが脚本に参加しているのにも注目だ。この人の本は、殆ど奇跡に近いトリックがいつまでも印象に残るぐらい良くできている。
そして、『雨の訪問者』と言えば、華麗にして哀愁のある音楽が最高。フランシス・レイのスコアは、サスペンスを盛り上げる効果だけでは無しに、いつまでも心に響く調べを提供してくれる。
まさに、フランス映画ここにありっ!って感じの特集、絶対見逃さないようにね!





2010-06-19

【午前十時の映画祭】 『ローマの休日』、大いに語ろうではありませんか!

こんばんは、ロッカリアです。
僕の生涯ベスト10の作品。ついに、この映画を劇場で観る事ができた!  感無量だ……。
僕がまだ中学生だった頃、もう35年も前になるが、初めてTVの洋画劇場でこの映画を見てから、幾度と無くこの作品を見続けて来た。
この映画の凄い所は、何回見ようが、初めて見た時と全く印象が変わらない映画、と言う所だ。

・オードリーの動きはバレエそのもの
・初めての観光名所めぐり、の映画
・悲恋こそ名作の証!
・原題は『ローマ人の休日』…?
・映画はラストシーン!
・海外特派員、ヒッチコックが登場!?


永遠に続く、たった一日の恋……。
まさにその通りの内容で、今更細かいストーリー説明は要らないだろう。
大人のためのファンタジーでありながら、先にも言ったように、中学生にもなれば充分理解可能な男女の心理が描かれていて、感受性の強い子なら、涙しても不思議ではない。

アン王女を演じるオードリーは、元バレリーナだった事(ご存知か?)はオールドファンには良く知られているが、彼女がアーニャと名乗って、ローマの街中を歩いたり走ったりする場面では、その片鱗が見えてとても楽しい。
例えば、真実の口から逃げ出すシーンは、舞台袖に引っ込むダンサーのような感じだし、スペイン広場に行くまでの市場のシーンは、くるみ割り人形のような身のこなしになっている。
普通に歩いているだけで、まるでダンスをしているように見えて、これが実に楽しそうだ。
彼女に与えられた”スクリーンの妖精”と言う言葉は、こんな所から来ているのかも知れない。

トレビの泉、コロッセオ、パンテオン、サン・ピエトロ寺院……。
近作で思い当たるのは『天使と悪魔』だが(邦画では『アマルフィ』)今では観光スポットを巡りながらストーリーが進んで行くと言う、一粒で二度美味しい、まるでグリコのような映画のはしりじゃないかと思う。
そんな土台に立ちながらも、ストーリーがちゃんと地に足が着いているのがいい。
映画が始まってすぐに、「ネグリジェは嫌っ!」「スケジュールがいっぱい過ぎる!」と駄々をこねる。
「はいはい、これでも飲んで落ち着くのよ」とミルクを運んでくる。
子ども扱いである。
このオープニングがあるから、あのラストが、見ているこっちにも痛いほど伝わってくる。(義務や責任感が無ければ、私は一生ここへは戻って来なかったでしょう!)

img1201.jpg


この映画には、同一人物による、二度の別離シーンがある。
初めは、車でアーニャを送り、彼女が去って行く所。
もう一つは、勿論、アン王女として、ジョーの前から去って行く所。
実は、この二つの別れのシーンが、悲恋であるにも拘らず、この映画を嫌な思い出としてではなく、素敵なロマンスとして永遠に語り継がれて行く名画の所以(ゆえん)ではないだろうか。
車での別離だけでは、あまりにも切な過ぎるしリアル過ぎる。
ある意味多くの人が、シチュエーションこそ違え、経験しているようなシーンで、感情移入し過ぎるだろう。
しかし、二度目の別れのシーンは、一国の王女と新聞記者と言う立場の中、三人だけが秘密を共有しいて、周りには気付かれないように、「ローマでの思い出は一生忘れないでしょう」と言って、再びジョーの前から去って行く。
この状況なら仕方が無いのか……、と誰もが感じ、納得させられてしまう。秘密を知っている観客にとって、救いのシーンかも知れない。
だが、次の瞬間、秘密を知っている観客だからこその、凄いラストシーンが用意されている。
アン王女が去った後、ジョーはポケットに手を突っ込んで、ゆっくりと会見場を後にして歩き出す。
途中、振り返るジョー。
僕は部屋の奥からアン王女が、いや、アーニャが走ってジョーの後を、追いかけて来る幻を見せられた。
おそらく他の人にも見えたはずだ……。
しかし、そこにアーニャの姿は勿論無い……。
フッと、口元をゆるめたジョーが、前を向いて歩き出す……。
ポッカリと穴の開いたジョーの心を見せるように、高い天井と、小さくなって行く会見場と、徐々に広がっていく空間がジョーと重なり、エンド・マークが現れる……。
まさに、名画と呼ぶに相応しいラスト・シーンではないか。

少し余談を。
この映画は「黄金の三角形」と呼ばれる構図で作られている。つまり、主演が、男二人に女一人と言う、映画が一番盛り上がるスタイルを、弱いながらも取っている、と言うこと。
『冒険者たち』『明日に向かって撃て!』などなどが後に続く。

『ローマの休日』と言うロマンティックなタイトル。だが、このタイトルは原題ではない。
『ローマ人の休日』というのが原題だ。以前にも紹介したが、「洋画タイトル珍百科」によれば、古代ローマ人が日頃のストレスを、グラディエーターやライオンと戦う奴隷たちの姿を見て発散した、と言う事を踏まえて付けられている。
宮殿を抜け出した王女が、日頃のストレスを発散するために、ローマの街で色々楽しむ、と言うメタファーらしい。
でも、『ローマの休日』と言う邦題を付けた人に、僕は拍手を贈りたい。

そしてもう一つ。
この映画にヒッチコックが出演していた、と言えば驚かれるんじゃないでしょうか?
オールド・ファンの中には、「はは~ん、あのシーンの事だな」と思い当たる人、いるでしょ?
ラストの記者会見のシーン。
王女との謁見の際、先頭を切って挨拶をするのが「シカゴ・デイリー・ニュースのヒッチコック」と言う特派員。
その人をよ~く見ると、あのヒッチコック本人……、のはずも無く、実は名前だけのカメオ(?)出演でした。
ん? でも待てよ、名前なんていくらでも製作者の好き勝手に付けられるのに、何故ヒッチコック?今日まであまり気に留めなかったけど、これには何かあるに違いない。
そう思って調べてみた。
インターネットこう使え!の見本のようなロッカリアである。
すると、ある大学の哲学科教員のブログにこんな事が書かれてあった。

 1953年の映画で、ヒッチコック全盛時代である。
なぜ、ここにヒッチコックの名前が出てくるのか?と言うと、このラストシーンが、真実を述べるために、ほかの人をだますというシーンであることに気が付き、当事者たちは、言葉の本当の意味を知っているが、他の人は知らない。
これは、ヒッチコックのサスペンス映画の定石である。
だから、ワイラー監督は、ヒッチコックの名前を目立つようにこの映画のラストシーンに出したのではないか…。

(このブログにはご丁寧にも後日、『ローマの休日』はヒッチコックのパロディ映画だと言っている…)

なるほど。いかにも哲学科的な見方もあるんだと関心。しかし、だ。
哲学科の教員の人に盾を付くつもりは毛頭ないが、仮にも(仮かよ…)このブログにはヒッチ先生の名前を冠にしている。
アンチテーゼだ、アンチテーゼ!!!
映画の事なら大学の教授にも反論してみせる。(それがキングスフィールド教授でもだ!)

映画好きの僕がこのシーンを見てどう思ったか。
あの、緻密にしてアカデミー監督賞3度受賞の名匠ウィリアム・ライラー監督が、「これはあなたの定石を使って作り上げた作品です。とても感謝しています、ありがとう!お礼の印にお名前を最後に入れときましたよ」なんて言うだろうか?
これは大いに疑問である。
そこで、まず注目したのがこの映画の冒頭すぐに、「この映画はすべてイタリアで撮影されました」と言う注釈が大きく入る。
これにまずピンと来た。
ヒッチコックはロケが大の苦手である。知っている人も多いだろう。ならば、最後にヒッチの名前を出して来た事に繋がらないだろうか?
僕の解釈はこうだ。
「やーい、ヒッチコック、どんなに頑張っても、ロケ嫌いな君にはイタリアにロケをして、こんなにロマンティックな映画は撮れないだろう!悔しかったらスタジオに籠もってないで、たまにはロケを中心に映画を作りたまえ!」
ね、こっちの方が楽しいと思はない?
その証拠に、この映画から2年後の1955年、ヒッチコックは南フランスにロケをした名作、『泥棒成金』を発表している。これは単なる偶然なのか、当事者のみぞ知る、か……。

今日は結構頑張って書いたなぁ。
この映画については皆も言いたい事が沢山あるんじゃないでしょうか。
大いに語りましょう、コメントお待ちしております。

と言う事で恒例のチケット代は……。

チケットローマの休日111編

おっと!プレミアム(お値段以上、或いは付加価値が高い)が付きました。ま、当然です。

中学生の頃に初めて見てから、今日までずう~と変わらない愛すべき映画『ローマの休日』。
変わったのは、僕が流す涙の量が、少し増えたぐらいだ……。




 
 
 

2010-06-17

『アバター』を見て、わざわざ宣言するほどではありませんが…

こんばんは、ロッカリアです。
先日、ブルーレイで『アバター』を見たのですが、たまたま偶然が重なって今日、以下の様な内容になりました。
これからのこのブログ、【ラジオ・ヒッチコック】について、ミニ告知をしたいと思います。
わざわざ告知するほどでは無いと思うんですが……。

社会的には、日頃から「私」は「私」である。どう言う事かと言うと、「私は○×商事のロッカリアです」とか「私が考えるにこの企画は…」と当たり前のように使っている「私」を指す。
このブログにおいてもそうである。
不特定多数(少数だろう…)の人に読んでもらうのに、「私」と言う言い方、表現の仕方が適切だと思っている。
私は友人や親しい人に対しては、普段「オレ」と言っている。
この、「私」と「オレ」で充分だ。生活するうえで、何の支障も無い。
ところが、ブログにおいての「私」は「わたし」ではない。どう言う事かと言うと、私は文章で自己を表現する時には、昔から「僕」と言う表現が好きで、その方が自分にピッタリしていると思っている。
これはおそらく子供の頃から読んできた小説の影響が大いに関係していると思う。
そう思ってこのブログの記事を読み返してみると、「私」であるロッカリアは、他人のグローブを借りて守備に就くような、或いは他人の自転車を借りてロードレースに出るような、または他人の海パンをはいて泳ぐトライアスロン(←それはないわ~)のように、本来の自分の姿でないような気がしてならない。
しかしながら、今年で50歳を迎えようとするオッサンが、「僕」でもないだろう……、と今日まで来た次第である。
ところが、どうしても「僕」としてのロッカリアで、これからこのブログを表現して行きたくなったのだ。
それには原因がある。
詩人の、あえてX氏と言うが、この方がご自身の詩を朗読している姿をTVで拝見した。御年80歳でおられる。
そのX氏が、自身を表現されるにあたって、「僕」と言っている。そこには何の躊躇も無い。
これには感銘すると同時に、「私」であるロッカリアと言うあり方は、本来のロッカリアでは無く、所詮、アバターに過ぎないと言う思いが押し寄せて来たのだ。
アバターと言うのは本来そうなのかも知れないが、、こと記事の内容までが代理、もしくは身代わりが書いているような気がして来てしまった。
そこで、自分のブログであるならば、自分に一番ふさわしい表現をして行こう、いや、そうして行かなければならないと思い、今、こんな文章を書いている。
予告も無しに、突然「私」が「僕」になって、それを読んだ人が、
「こいつ、いつ性転換したんだ?」と驚かれも申し訳ないので(え?したの?←してるか!)今日の告知となりました。
たかが「私」→「僕」になるだけで……、と思われるでしょうが、文章に携わっておられるブロガーのみなさんには理解して頂けると思います。

ついでにイラストの話。
私(今日まで私)が何故ヘタクソな絵を描くのか?(ヤメロー!止めちまえー!)と言う声に対して。
映画というものは、見た瞬間から消え去ってしまう。
それを自分の中に取り込んでしまおうとする行為が、パンフレットの購入であったり、ポスターやグッズの蒐集に繋がっているのが私である。DVDを買ったり、エアチェックしたりするのもこれに順ずると思う。
そして、厚かましい私は、それだけに留まらず、映画のその瞬間を切り取ってみたい、その俳優や場面を描く事で実感したい、との思いでついつい描いてしまう。(出来る事なら『カイロの紫のバラ』のようにスクリーンの中に入り込んでしまいたい…)
もう一つの理由は、単純に絵が好き、と言うこと。
決して、中学1年の1学期に、マンガ家を目指していた自分よりも、遥かに絵の上手な友人が現れ、その絵を見た時に、自分の画力では無理だな……、もう止めよう……、と挫折した思いを今晴らすんだ!と言う事ではない。(←く、暗すぎる過去…)
さて、長々と書いてきましたが、ブログを読んでもらった人に、「この映画見たくなったなぁ」と思って頂ける様な、映画とのいい関係を築いて行きたいと思ってます。
ま、イラストの方は……。
どーせ、どうあがいても似ないので、思い切ってデフォルメでもしようかなと考えてます。突然タッチが変わったりする事もあろうかと思いますが、イラストの方はお気楽にご覧下さい。
長々と最後まで付き合って下さり、ありがとうございました。

ふ~、やっとブログの更新空白期間を埋める事が出来たよ……(やっぱり、そーゆーこんたんかい…)。

で、映画『アバター』の話は?……。


2010-06-13

『悪魔の追跡』 結構頑張っている!と言いたい。

こんばんは、ロッカリアです。
これまた70’Sシネマですが、B級ホラー・アクションのはしり、と言いたい所ですが、これが結構凝っていて面白いんです。
キャンピング・カーで冬のバカンスへ向かったピーター・フォンダとオーレン・オーツ、それぞれの奥さんと恋人の4人だったが、最初の夜を迎えた川の中州で、若い女性を生贄に殺す悪魔崇拝の儀式を目撃した事から、必要なまでに追いかけられる。保安官や親切な人、キャンプ場に人々を含め、誰一人信用できない逃避行は緊迫感、アクションが盛り込まれて飽きさせない。

img119.jpg

ただ残念なのは、冒頭でレースに参加するピーターを描きながら、オートバイでアクションを展開するシーン無かったり、そこは車を止めたら?と言うように腑に落ちないシーンがあったりと、少し雑な演出が頭に残る。
スタントは勿論CG無しなので、非常にリアルだ。
ラストは、非常に恐ろしい結末が用意されているので、覚悟して見よう。

と言う事で、本日のチケット代は……。

チケット悪魔の追跡11編

少し辛いかも知れないが、見て損はしないと思います。
70年代って、結構複雑な年代だったんだなぁと、改めて思う一品、と言う事でしょうか。

2010-06-07

『ビッグ・ウェンズデー』人生は、当たって砕けろ!と言いたい。

こんばんは、ロッカリアです。
『風とライオン』よりも、ずっと前に観た、と思っていたが、実はこっちの方が後だったなんて……。
劇場公開時に観てから、TV放映でも何度も見た映画。
しかし、今回【ブログDEロードショー】作品と言う事で、一体何年ほどのブランクがあったんだろうか。久々に観たような気がする。
しかも、この映画には、他人とは違う思い入れがある……。

1978年、18歳だった頃に、この映画は大ヒットした。
昔はギターを持ってるだけで不良扱いされたが、さすがにこの頃はそう言う認識は薄れていた。
が、この頃は、サーファーと言うだけで不良扱いされていたのだ。
染めた長髪(正確には脱色)にタバコとビール、海辺では一晩中女たちと一緒に騒いで、朝になると波に乗る……。
ま、これが一般的にイメージされるサーファーだったのだ。
ところが、実際はいい波を何処までも追いかけて行っては、休む間もなく波に乗り、半分寝ながら車で帰ってくる、そして次の日には学生さんは学校へ、社会人は職場にとそれぞれが向かう。
その頃に見た時の正直な観想を言う。
この映画はダサい、ものだった。
オールディーズって、その頃はウェスト・コースト、特にサーファーにはジャクソン・ブラウンに人気があったし、カラパナやイーグルス、ボズ・スキャッグス全盛の時代だ。
おまけに板は、すでにロングが頭角を現していた。
時代遅れな映画だなぁ……。
もう一度言う、これは18歳頃に観た時の正直な感想だ。
ただ、あのビッグ・ウェーブに立ち向かう3人の姿は、いつまでも心に残っていた……。



img116ビッグ

40歳になったら、サーフィンを始めようと強く思っていた。
だが実際は、そう簡単にはいかない。自分の置かれている環境や立場、体力的な事や精神的な事。それが40歳を迎える、と言う事だった……。
今年50になる。色んな事がありすぎた10年だったが、時は容赦なく過ぎて行った。
この映画、再見はおそらくウン十年ぶりになると思う……。

人生には試練と言う大きな波が時折押し寄せて来る。
波はこのメタファーに違いなかった。
絵に描いたようなドンちゃん騒ぎ、恋愛、友情、そして反戦に対するジョン・ミリアスのメッセージは、分かり易いが決して嫌味になっていない。
そして、撮影に当たったのは、『ダーティハリー』シリーズで一躍時の人になったブルース・サーティース。
カリフォルニアの青い空を撮らせたら抜群のセンスは、海に対しても挑戦的だ。
絶対的に動かない青空の下に、何者をも受け付けない荒れ狂った青い波。
このコントラストが見事。
あれだけダサく感じた音楽やスタイルは、今やクラシック・スタイルとして受け継がれ、郷愁を誘うようになった。
そして、この映画を改めて見る自分の心に、また何やら新しい波風が立とうとしている事にも驚かされる。
ノスタルジーを、丹念な演出で見せたジョン・ミリアスは、多分サーファーである。
サーフ・シーンのこだわりは尋常ではない。
サーフィンの危険性は、実際に波に乗るまでは理解出来ない。ハワイ、オーストラリアでは珊瑚が、カリフォルニアや日本では岩がサーファーの命取りになるし、ボードだって凶器である。
伝説のサーファーが、伝説の大波について語る、と言うのがこの手のパターンだが、おそらくはこの映画がハシリであろう。(同じパターンで評価の低い『稲村ジェーン』も、個人的には好きだったりする)
一番好きなシーンがラストである。
ビッグ・ウェンズデーに乗った3人は、お互いにまた去って行くが、「連絡ぐらいしろよな」「ああ」と言う簡単な別れの中に、男同士の強い友情があり、それが逆に心に響く。
壮大な青春映画だと言いたい。
ジョージ・ルーカスやスピルバーグとの出会いによって、映画界に新しいビッグ・ウェーブを起した記念碑的な作品と言える。
最後に、このタイトル『ビッグ・ウェンズデー』は、大いなる水曜日、つまり水の曜日(七曜で言うと水星)から、大きな波の事を指すサーファー用語である事を付け加えておこう。
と言う事で、本日のチケット代は勿論!

チケットビッグ111編


70’Sシネマって、色々アラも多いけど、それを忘れさせてくれるガッツがあるような気がする。そう感じる時点で、映画の魔法に掛かっているのかも知れないなぁ……。



2010-06-05

『スター・ウォーズ』 シリーズ、NHKハイビジョンで一挙放映!

お元気ですか~! ロッカリアです。
NHKハイビジョンが、と言うより「衛星映画劇場」も含めて、とんでもない事になってます!
その目玉として、『スター・ウォーズ』全6作品がオンエアされますよ。

ベイダー6

画像が小さくて見づらいでしょうから、クリックすると特集ページにジャンプします。詳しい情報はそこで見てくださいね。
あと、おまけにこんな特集もやるみたいですよ。マカロニ・ウェスタンのファンは必見だね。

ジェンマ特集

【ジュリアーノ・ジェンマ特集】

衛星映画劇場 『続・さすらいの一匹狼』 1965年・イタリア ADIOS GRINGO
6月7日(月) 午後1:00~午後2:39



衛星映画劇場 『南から来た用心棒』 1966年・イタリア ARIZONA COLT
6月8日(火) 午後1:00~午後2:57


衛星映画劇場 『続・荒野の1ドル銀貨』 1965年・イタリア/スペイン IL RITORNO DI RINGO
 6月9日(水) 午後1:00~午後2:37


衛星映画劇場 『怒りの荒野』 1967年・イタリア/西ドイツ I GIORNI DELL'IRA
6月10日(木) 午後1:00~午後2:50


衛星映画劇場 『星空の用心棒』 1967年・イタリア I LUNGHI GIORNI DELLA VENDETTA
6月11日(金) 午後1:00~午後3:03


個人的にはマカロニ大歓迎だけど、『ミラノの恋人』『バスタード』なんかも見てみたいな。


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